東京高等裁判所 昭和51年(ラ)577号 決定 1976年10月26日
抗告人
小林利夫
外四名
右五名代理人
岡田唯雄
右抗告人らより、東京家庭裁判所昭和五一年(家)第二一二八号ないし第二一三二号相続放棄申述受理事件につき、
同裁判所が同年六月一一日にした却下の審判に対し、即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件各抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨は「原審判を取消し、本件を東京家庭裁判所に差戻す。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙記載(略)のとおりである。
そこで審案するに、相続の承認、放棄の考慮期間の始期を定めた民法第九一五条第一項の「自己のために相続の開始があつたことを知つた時」というのは、相続開始の原因である事実の発生(被相続人の死亡)及びそのために自己が相続人となつたことを覚知した時を指す(大審院大正一五年八月三日決定、民集五巻六七九頁)ものであつて、必ずしも相続人が積極及び消極の相続財産を具体的に認識していることを要するものではないと解されるところ、本件記録によれば、抗告人小林利夫は被相続人小林シツの二男、抗告人友常みさはその三女であり、また抗告人竹上拓美、同梓沢和美、同梓沢明史は被相続人小林シツの四女梓沢百合子(昭和三七年三月三一日死亡)の長女、二女及び長男であつて、いずれも最先順位の相続人またはその代襲相続人であること、抗告人小林利夫は被相続人小林シツが死亡した昭和五〇年九月九日当時同女と同居し、死亡届を提出したものであり、その他の抗告人らは同女の死亡直後抗告人小林利夫からその旨の通知を受けて葬儀に列席しているものであつて、いずれも同女の死亡の事実を当時またはその直後知つたこと並びに抗告人小林利夫及び同友常みさの父であり、その他の抗告人らの祖父である小林敬三郎が昭和四七年四月八日死亡した際、抗告人らはいずれも右小林敬三郎の相続人となり、その遺産を配分したこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、抗告人らは、被相続人小林シツの死亡当時またはその直後同女の死亡によつて自己がその相続人または代襲相続人となつたことを覚知したものと認めるのが相当である。従つて、抗告人らにつき民法第九一五条第一項但書による考慮期間の伸長がなされなかつた限り、その後三箇月の経過によつて抗告人らは同法第九二一条第二号により単純承認をしたものとみなされるものといわなければならない。抗告人らが被相続人小林シツの債権者より相続債務につき訴を提起されて始めて自己のために相続の開始したことを覚知したものとし、その時から三箇月の考慮期間を起算すべきものとする抗告人らの主張は失当であつて採用することができない。
よつて、右と同趣旨のもとに抗告人らの相続放棄の申述を却下した原審判は相当であるから、本件各抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(安倍正三 輪湖公寛 後藤文彦)
抗告の理由<省略>